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BLACK†INFERNO ‡01
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黒地獄
BLACK†INFERNO
‡01
冬のロンドン。
その男は暗い夜道をブラブラと歩いていた。
東洋人だが鼻筋の通った、英国人にも引けを取らぬ整った顔立ち。
加えて、すらりとした長身で四肢も長く、燕尾服がよく栄える青年。
その青年――名を、劉[ラウ]。
仕事柄、社交辞令の如く嫌々出席する羽目になった、大して面白くも無い退屈な夜会。
それを途中で密かに抜け出して来た劉は、宛ても無く適当に歩き回りながら付き合いで飲んだシャンパンやワインによる仄かな酔いを冷ましていた。
ふう、と息をつけば吐いた息は真っ白になって。
すぐにまた、空気に溶けて消える。
キリリととした寒さが酔い冷ましにはちょうど良かった。
そうやって歩き回るうち、どこをどう歩いて来たのか荒れ果てた教会にたどり着いた。
もはや屋根も無い程にまで朽ち果てた教会。
広大な敷地には、もう誰も来なくなって久しい古びた墓が立ち並んでいる。
木々は枯れ、枝を垂れておどろおどろしい格好をして、まるで怪物のようだった。
不気味な所だ、と正直に思う。
よくある話に出てくる、悪魔や怪物の巣窟を連想させるような風袋。
その所為か否か、周りには人の気配は無く、屋敷や民家もまた然り。
いや、屋敷や民家は、あるにはある。
ただし、そのことごとくがまた、荒れ果てた廃墟だった。
教会を気味悪がった人々が次第に余所へ移り住んで、そのまま誰も寄り付かなくなり、そのうちこの辺りに通ずる道の存在すらもいつしか忘れ去られたのだろうか。
「―――まさか、ね・・・・・」
あまりの静けさに声を出さずには居られなくなったのか、劉は無意識のうちに小さくそう呟いて、ゆっくりと歩き出した。
伸びきったまま枯れた生け垣にそって移動しながら、教会を眺める。
今にも崩れ落ちそうな、ひび割れた壁。
しかし月明かりの中でも見るそれは、何故かどこか美しくも感じられて。
だからその全容が見られるようにと、とにかくゆっくりと歩いていた。
そうしているうちに、やがて垣の切れ目と朽ち果てた小さな門が見えてきた。
何となく中に入ってみたくなって、門の前で足を止める。
もはや意味をなさぬ鍵のかかった、その小さな門。
そっと手を伸ばして鍵に触れてみると、途端にぽろりと崩れ落ちた。
かつては強固だったモノが、こうも呆気なく崩れて消える。
遠い本国を思い出して、どこか複雑な心境になりながら劉はその門をくぐった。
ひび割れた石畳を、靴音を立てながら歩く。
時折小さな石の破片を蹴飛ばし、または枯れ草を踏みしめた。
劉もこう見えて体術にはそこそこ心得がある。
そのおかげかそう気になる程度でもなかったが、歩きにくいのは確かだ。
下手に気を抜けば足を取られそうなものである。
それにしても、今にも崩れそうな墓というのは、不気味なものだ。
「(こういう所で枯れ枝とかに足を取られて転んだら、手か何かに足を掴まれた・・・・・とか錯覚するかもね)」
他愛もない事を考えながら、劉は教会を見上げた。
近寄って初めて、その大きさに気付いた。
教会と謂うより、聖堂だったのかもしれないと思う程、随分と立派な装飾の面影がある。
しかし、随分と妙な話だ。
これだけ巨大なモノが、果たして忘れ去られてこうもまで放置されるだろうか。
欲深い英国貴族や商人達が、これだけの広大な土地を放っておくだろうか。
少し金をかけて新地にしてしまえば、何も知らない富豪達に高値で売りつけられそうなものを。
考えれば考える程、不信感は募った。
「・・・・・・・・・・・・桃源郷、みたいなものかもしれないね」
また小さく呟いた。
桃源郷とはまるで逆だが、普通は足を踏み入れる事の出来ぬという点では、そのようなものかもしれない。
だとすれば、立ち去ったが最後、二度と此処に踏み込めなくなるのではなかろうか。
惜しい、と劉は感じた。
今彼の前に広がっている景色は、おどろおどろしくも、それ程までに美しさを内包していたから。
――いっそ、此処で眠ってしまおうか。
そんな馬鹿な考えが頭を過ぎった。
その時。
『ガァァァァァアァアアァァァア!!!!』
「ッ!?」
闇をつんざくようなナニかの咆哮が、地面を揺るがした。
「――――何・・・・・・だッ!?」
ビリビリと揺れる地面。臓腑にまで響く重苦しい、その振動。
そしてたて続けにやってきたのは、まるで叩きつける突風のような、衝撃波だった。
それも正面・・・・すなわち、教会の方からの。
気が付くと、劉は振動で埃がパラパラと落ちてくるのも構わず建物に踏み込んでいた。
音のする方へ、振動の中心部へと、途中通路を塞ぐ瓦礫を強引に崩しながらも進んで行く。
燕尾服が埃で汚れようが、瓦礫に引っ掛けて傷もうが気にせず、兎に角進んだ。
時折衝撃で飛ばされてくる小石が肌を掠り、傷が付いた。
『グルルルルル・・・・・・グラァァァァアアァァッ!!』
『ギャァァアァァアァアァァァァ!!!!』
獣のような咆哮と、獣のような悲鳴が重なり合う。
鼓膜を震わす、その鳴き声。
少なくとも、その「声」の主は二体以上である事が窺い知れた。
エントランスから続く長い廊下を走り抜ける。
廊下には無数の扉があったが、どれも素通りした。
「声」は廊下の奥の方からから聞こえて来る。
突き当たったのは一際大きく重い扉。
劉はそれを、破らんばかりの勢いで以て開け放った。
途端、噎せ返るような、血の臭いが鼻をつく。
「っ―――これは・・・・・」
そして、目を疑った。
どうやら此処は大広間のようだ。
かつて人々は此処に集い、この場所から自分達の神への崇拝を捧げていた事だろう。
しかし、今となっては・・・・・・。
「―――まさか本当に、この目で魔物を見る日が来るとはね・・・・・」
大広間を埋め尽くす、見渡す限りの骸の山。
思わず口元を抑えながら、腥い鉄と脂のきつい臭いをやり過ごす。
嫌な汗が伝っているのが、自分でも分かった。
劉は息を呑みながら大広間の中へ足を踏み入れ、一つの骸を覗き込んだ。
それは明らかに人では無かった。
まさに、絵画や本から抜け出して来たのかと思うような異形。
巨大な目と巨大な牙。
醜い顔。
筋肉に覆われた巨躯――
オークだとか、オーガと云う怪物とそっくりだった。
他にも、人とよく似た様の怪物の骸などがある。
そしてその半数程は、刃物・・・・・鋭利な何かで、胴体を少なくとも二つ以上に寸断されていた。
残りの半数も首を刎ねられ、或いは半身を吹き飛ばされ、或いは黒焦げて絶命させられている。
この場所で何が遭ったのか、およそ考えつかなかった。
どの道、未だ聞こえてくる鳴き声が複数あるのだから、怪物はまだ居る。
考えるよりも、自分で確認したほうが早い。
そう判断して、更に奥へ進む事にした。
もはや大きな肉片と化している骸と骸の間に隙間を見出して、極力踏まぬように気をつけながら進んで行く。
ようやっと奥の扉にまでたどり着いた時、劉は唐突にぎくりとした。
ほんの微かだったのだが、扉の向こう側から、人の声が聞こえたような気がして。
「(・・・・・・き 気のせい、かな?)」
そう思うのも、束の間。
激しい轟音を発てて、大広間の石の壁が、ナニかに破壊された。
弾け飛んだ大きな石の塊が、嫌な音を発てながら骸の山に突っ込んでいく。
しかし劉の目は、壁を破壊した「それ」に釘付けだった。
『グルルルルルルルルルルル・・・・・・』
唸り声をあげて頭を擡げる、それ。
視界の殆どを覆い尽くす程の巨大な影。
その眼と思われる部分が照り返す微かな光を反射して、不気味に光る。
どの動物にも属さぬ禍々しい体の怪物。あえて例えるなら、ドラゴンに近いと言えるだろうか。
それが、二つ。
刹那、背筋に悪寒が走った。
しまった、と瞬間的に後悔する。
――怪物の片方と、眼が合った。
合ったが最後、身動きが取れなくなる。
逃げなくては。
されど、体が動かない。
怪物が体の向きを変え、此方を見定める。
・・・・・・―――が。
――バカンッ!
と、鳴り響く銃声。
『グラァァァァアアァァァァアッツ!!!』
そしてもう一方の怪物があげた悲鳴とも取れる威嚇の咆哮で、その怪物は思い出したようにまた体の向きを変えた。
「(――――、銃・・・・声・・・・・?)」
状況が飲み込めない。
目の前のにいる怪物達は、何かに気を取られているようだった。
威嚇の為か、唸り声を発しながら頭を擡げている。
刹那、壁を破壊した方の怪物が、突然動いた。
何か獲物に襲いかかったかのような動きで。
――しかし、ギンッ! と金属とぶつかったような音が響き、立て続けに数発分の銃声が響き渡る。
直後――
『ギャァァアァァアアァァアッ!!!!』
悲鳴と共に、怪物が頭を振りながら一度身を引いた。
その際に、血の塊が幾つか辺りに飛び散る。
そして劉は見た。
月を遮るように頭を擡げている怪物目掛けて、人影が高く跳躍したのを。
そしてその手に剣を握った人影が、ほとばしる雷をその身に帯びているのを。
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